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大阪地方裁判所 昭和41年(わ)377号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実

(1)  主たる訴因は、「被告人は、大阪市西区靱本町二丁目八〇番地所在三晃商事株式会社(以下、三晃商事という、資本金一二〇万円)の代表取締役として同社の営業を主宰し、繊維生地、二次製品の販売および縫製業を営んでいたものであるが、右三晃商事は昭和三六年一一月六日一般支払を停止し、同三七年一月二四日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、同三七年二月一八日確定したものであるが被告人は同三六年一一月六日手形決済資金に窮し右三晃商事の店舗を事実上閉鎖して一般支払を停止したため債権者から破産の申立がなされることを予期しながら、株式会社神戸銀行西野田支店(以下、神戸銀行西野田支店という)の貸付係加納正明らと共謀のうえ、同三六年一一月七日三晃商事において神戸銀行西野田支店の利益を図る目的で、同支店に対し同支店より手形貸付の形式で融資を受けている債務約六一五万円のため三晃商事の在庫品である服地二九反(時価約五〇万円相当)を譲渡担保に差入れ、もって三晃商事に対する一般債権者の共同担保で同社の破産財団に属する右財産を一般債権者の不利益に処分したものである。」というのであり、

(2)  予備的訴因は、「被告人は、大阪市西区靱本町二丁目八〇番地に本店を置き、繊維生地等の販売および縫製を目的とする三晃商事の代表取締役であり、右会社は、昭和三六年一一月六日一般支払を停止し、同三七年一月二四日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、同年二月一八日確定したものであるが、被告人は同社が昭和三六年一一月六日手形決済資金に窮し同社の店舗を事実上閉鎖して一般支払を停止したため債権者より破産の申立がなされることを予期しながら、加納正明と共謀のうえ、債権者神戸銀行西野田支店に特別の利益を与える目的をもって、その義務がないのに、同三六年一一月七日前記三晃商事において、神戸銀行西野田支店に対し手形割引の残高六一五万七六六八円の債務のため三晃商事の在庫商品である服地二九反(時価約五〇万円)を譲渡担保に差し入れ、もって三晃商事の義務に属しない担保の供与をなしたものである。」というのである。

第二、認定事実

≪証拠省略≫を綜合すれば、

(1)  被告人が代表取締役をしていた三晃商事は繊維生地、二次製品の販売および縫製業を営んでいたものであるが、昭和三六年一一月六日一般支払を停止し、同三七年一月二四日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、同三七年二月一八日確定したこと

(2)  右三晃商事は昭和三三年一一月二六日神戸銀行西野田支店に取引約定書を差し入れて、以来手形割引の形式で融資を受けていたが、同三六年一一月六日一般支払を停止する直前において同支店に対し六一五万七六六八円の手形割引債務を負担し、これが担保として約二八〇万円の同支店に対する定期預金等を差し入れていたところ、同年一〇月ごろ右割引手形のうち約九〇万円の手形を振出していたホークシャツ株式会社が倒産したためそのころから右手形が不渡になることが確実であり、また、当時銀行は一般的に金融引き締めをしており、かつ、繊維業界は不況であったので、右ホークシャツ以外の手形も今後どれだけ不渡になるか不安を感じていた神戸銀行西野田支店から、前記取引約定書五条の「契約担保の価格の低落、物件の毀損その他原因の如何を問わず担保が不十分であると貴銀行が認めた場合にはいつでも貴銀行の申出に従い増担保を差入れる」旨の増担保の約定に基づき担保の提供を求められていたこと

(3)  その後、昭和三六年一一月六日三晃商事においても手形の不渡を出し銀行取引を停止されたので、被告人は翌一一月七日神戸銀行西野田支店を訪ね、支店長代理安東幸治と貸付係加納正明の両名に対し、三晃商事が右手形の不渡を出すに至った経過を説明したところ、右両名からこの際前記(2)記載の増担保を早急に提供してもらいたいと催促されたので、破産原因があることを十分承知しながら、神戸銀行西野田支店の利益を図る目的で、同日本件服地二九反を譲渡担保として同支店に差入れたこと

(4)  この時三晃商事と神戸銀行西野田支店との間にとりかわされた契約書の表題には、譲渡担保品差入証書となっており、服地二八反を三晃商事の神戸銀行西野田支店に対する割引債務残高六一五万七六六八円の担保として差し入れし、同支店の必要と認めるときは、何らの催告なしに処分して債務を清算したうえ残余があれば返還する旨の記載があること

(5)  神戸銀行西野田支店は、右服地は季節物でそのまま保管していては値崩れの虞があったので、同年一二月被告人立会のもとに右服地を代金二〇万円で売却し、被告人はその代金から倉敷料を差引いた金一九万三六一四円を右支店に別段預金として担保に差し入れていたが、その後六一五万円余の手形割引債務は右別段預金に手をつける必要がないままに清算された後も昭和三九年二月一一日三晃商事破産管財人に支払うまで同支店に預けていたこと

が認められる。

第三、主たる訴因について

弁護人は、本件の譲渡担保は名実ともに担保そのものであるから破産法三七四条一号(以下単に一号というときは同条の一号を指す)の処分にあたらないし、また、同号の債権者の不利益に処分するとは隠匿、毀棄と同様に債権者全体に対し絶対的な不利益を及ぼす行為のみを指すもので本件の如く単に債権者間の公平を破るに過ぎない特定債権者に対する担保供与行為の如きは処分に含まれるものではないと主張するが、本件譲渡担保は、担保の目的で所有権を神戸銀行西野田支店に移転していることが認められるのであって、これは破産財団を共同担保とする一般債権者の保護を図らんとする一号の立法趣旨に照らすと同号の処分にあたる、また、特定債権者に対する譲渡担保の供与であっても、弁済や代物弁済と同様、所有権を移転することによって一般債権者が破産手続によって受くべき配当を減少するに至るから債権者の不利益に処分したものというべきである。

要するに、被告人が神戸銀行西野田支店に本件服地二九反を譲渡担保として差入れた行為は一号の破産財団に属すべき財産を債権者の不利益に処分した行為に該当する。

しかし、一号の罪が成立するためには、自己若しくは他人の利益を図り、又は債権者を害する目的のあることを必要とする。ところで、同法三七五条三号(以下三号というときは同条の三号を指す)は、特定債権者の利益を図る目的で義務がないのに担保を供与した行為に対し一号の罪より軽い刑をもって臨んでいる。また、同号は単に債権者の利益を図る目的をもってした弁済や代物弁済のような処分行為を担保の供与と同様軽い刑に処すべきものとしているから、本件の譲渡担保は、所有権の移転を伴っても同号の担保にもあたると解する。そうすると、破産の原因たる事実の存することを知りながら、単に特定債権者の利益を図る目的をもって三号所定の行為に出た場合は三号だけが適用され、一号は適用されないと解すべきである。本件の譲渡担保の供与は、破産原因たる事実を知りながら、単に特定債権者たる神戸銀行西野田支店の利益を図る目的をもってなされたものであることは前記認定のとおりであって、他に一号所定の目的をもってなされたと認めるに足りる証拠がないのであるから、結局、同号違反の罪は成立しない。

第四、予備的訴因について

次に、三号の罪が成立するためには、同号所定の行為が債務者の義務に属せず、またはその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものであることを要し、予備的訴因にも、本件譲渡担保の供与は、三晃商事の義務に属しない旨記載されているが、本件譲渡担保の供与は、前記認定事実(2)(3)の如く、三晃商事が昭和三三年一一月二六日神戸銀行西野田支店と手形割引契約をした際に差入れた取引約定書の五条に規定する増担保契約の義務に基づいてなされたものであるから、この点において同号の違反にもならない。

第五、結論

そうすると、弁護人の主張する被告人の本件譲渡担保の供与は、可罰的違法性がないか、または期待可能性がないとの点について判断するまでもなく、結局、本件各訴因については犯罪の証明がないというべきであるから、被告人に対しては刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 山本久巳)

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